(プロフィール)
昭和56年慶応大学卒業後東京海上火災保険㈱(現:東京海上日動火災㈱)へ入社
昭和62年同社を退職し地元に戻り、家業の坂口合名会社へ入社する
平成12年代表社員社長に就任、平成19年には米子商工会議所会頭就任し、今に至ります
学生時代は剣道に邁進し、現在は囲碁も楽しんでいます

(社長挨拶)
ようこそ 坂口合名会社のホームページにいらしていただきました。
数多くの企業が自社のホームページを持っている中ようやく弊社もリリースする事が出来るようになりました。

弊社は江戸時代よりこの米子を基盤として事業をさせていただいております。
その中、大正9年に法人化し、近々創業100年を迎えようとしています。
様々な事業に関わり、地元米子のお役にたってきたと自負しておりますが、過去にとらわれる事なく明るい地元の将来の為、そして従業員にとって働き甲斐のある会社となる為、努力をして行きたいと考えております。
是非、このホームページをご覧になった方は弊社に興味をもって頂きたいと存じます。
坂口合名会社を宜しくお願い申しあげます。

会社名 坂口合名会社
所 在 地 本 店:鳥取県米子市尾高町66番地
博労町事務所:鳥取県米子市博労町3丁目183
設 立 大正 9年 9月
資 本 金 2,625万円
代 表 者 代表社員社長 坂口清太郎
関連会社 沢屋不動産(有)
(有)サングリーン
(株)サウンドシティ
本店へのアクセス
事務所へのアクセス

1920 坂口平兵衞本店の資産負債並びに一切の営業を譲受
出資金 2,000,000円で設立
目的 土地建物の経営、育林
1923 出資金を3,500,000円に増資
1946 株式会社カギサ食糧工業所(資本金 500,000円)を買収し、醤油味噌の製造販売を経営
1946 西伯郡所子村に大山口製材工場設置、製材業開始
1948 日野郡江尾町の元日野木材株式会社経営の製材工場を買収経営
1957 資本金 5,000,000円全額出資にて島根県平田市に工場をもつ
平田撚糸株式会社を設立
1960 再評価積立金(84,000,000円を繰り入れて出資金を87,500,000円に増加、同月77,000,000円を減少)
出資金を10,500,000円とする
1960 江尾、大山口両製材工場分離、同年4月資本金3,000,000円にて坂口木材株式会社を設立
同社に江尾、大山口工場の資産負債並びに営業一切を譲渡
1960 米子市久米町に打放しゴルフ練習場飯ノ山カンツリーをオープン
1961 出資金 26,250,000円に増資
1969 株式会社ワイエスピーよりスケートプール設備を含む資産負債一切を引継ぐ
スケートプール部として営業を開始
1970 米子YSPボウルを新設オープン (米子市博労町3丁目)
1971 境港YSPボウルを新設オープン (境港市馬場崎町)
1971 松江YSPボウルを新設オープン (松江市黒田町)
1973 YSP安倍山パークコース新設オープン (米子市安倍)
9ホールミニゴルフ場
1978 住吉ハイツ 開設 (米子市旗ケ崎)
1978 境港YSPボウル 閉鎖
1979 松江YSPボウル 閉鎖
1979 西町コーポ 開設 (米子市西町)
1981 聖テレジア 開設 (東京都港区西麻布)
1982 沢屋コーポ 開設 (米子市尾高町)
平田撚糸株式会社 閉鎖
1983 坂口木材株式会社 解散
1991 ㈲サングリーン 設立
2003 飯山カンツリー 閉鎖
2004 安倍山パークコース 閉鎖
2009 醸造部 閉鎖 事業と従業員は㈱北國へ譲渡
2010 サウンドシティ㈱代表取締役社長に清太郎社長就任
財団法人 坂口奨学館 解散
2011 本社事務所 尾高町から博労町へ移転
尾高町は本店、管理部として、事業部門が分離
2012 再生可能エネルギー事業参入
J-VERプロジェクト登録
安倍山パークコース跡地をSC鳥取へ賃貸 YAJINスタジアム完成
2013 彦名太陽光発電事業 売電開始
2014 安倍太陽光発電事業 売電開始